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精神科医が解説するrTMS療法:副作用や対象疾患について

はじめに~薬物療法の効果が得られないうつ病患者の治療法~

うつ病患者が100万人を超える日本。

生涯に約15人に1人、過去12ヶ月間には約50人に1人と、欧米よりは低いものの、多くの人がその苦しみを経験しています。

うつ病の治療には抗うつ剤の投与が主流ですが、抗うつ薬が効果を示さない方も少なくありません。

こうした薬物療法の効果が得られないうつ病や、再発を防ぐための新たな治療法が保険診療に加わりました。

うつ病で低下した脳の働きを改善する治療法「rTMS療法:反復経頭蓋(はんぷくけいとうがい)磁気刺激療法」です。

アメリカでは抗うつ薬が効かない患者の3~4割に改善効果が認められ、日本でも社会復帰を後押しする治療法として注目されています。

佐世保北病院(以下当院)では、2024年4月からこの治療法を導入しました。

2. rTMS療法とは

rTMS療法は、磁場によって引き起こされた電流で脳神経の一部を繰り返し刺激することで、うつ病による抑うつ症状を改善する治療法です。

薬物療法に反応しない中等症以上の患者に有効な、安全性が高く、副作用が少ない治療の一つです。

海外では2000年代後半から使用されていますが、国内では比較的新しい治療法であり、2019年に保険適用が承認されました。

長崎県では、無資格、無認定機器の自由診療クリニックを除き、当院が大学病院に次いで2番目の導入施設です。

3. rTMS療法のメカニズム

当院は帝人ファーマ株式会社が販売しているNeuronetics社のNeuroStar TMSという機器を導入しています。

専用のトリートメントチェアに座って、左前頭部(左側ひたいの数cm後方)に機器(トリートメントコイル)を取り付けます。

治療部位の設定は、訓練を受けた精神科専門医によって定められたやり方で行われます。

うつ病では、思考や意欲を司る「背外側前頭前野」の働きが低下していることが知られており、この左前頭部が背外側前頭前野の部位にあたります。

トリートメントコイルから磁場を発生させ、この部位を直接刺激することで活動量の増加、つまり働きを改善させ、うつ病の症状を改善していくというメカニズムになります。

初回は、刺激部位と刺激強度の決定(約30〜40分)となります。

刺激=治療そのものは約40分間かかります。

1日約40分×週5日×3~8週間にわたる治療を行い、治療の終了については安全性および心理検査に基づいて決定していきます。

電気療法とは異なり、麻酔や筋弛緩剤は要しません。

4. rTMS療法の対象

① rTMS療法治療対象となる患者様

抗うつ薬による薬物療法を十分に受けたにもかかわらず、期待される治療効果が認められない、中等症以上の単極性うつ病の患者様が対象となります。

なお、成人(18歳以上)の方が対象です。

亜混迷状態や希死念慮、自殺企図等の重症うつ病場合は修正型電気けいれん療法(m-ECT)をお勧めしております。

②rTMS療法が禁忌となる患者様

体内(特に上半身)に金属類が埋め込まれている場合は、治療の禁忌に相当する場合があります。

また治療前には、ヘアピン・イヤリング・眼鏡・補聴器・着脱可能な義歯などは外して頂きます。

けいれん発作の既往および発作閾値が変化しうる頭蓋内疾患がある場合は、実施に際して慎重な検討を要します。

③rTMS療法適応外となる患者様

下記のような例に挙げた状況・疾患の患者様は、適正使用基準に満たさず保険適用外となるため、当院でこの治療法を導入することはできません。

  • 18歳未満の若年者
  • 過去に推奨される刺激条件で十分な機会のrTMS療法を1クール実施したにもかかわらず、治療効果が確認できなかった場合
  • 医師の指示以外での服薬や、大量服薬があった場合
  • 双極性障害のうつ病相がある場合
  • 認知症・器質性(脳梗塞など)や症状性(身体疾患に起因)の抑うつがある場合
  • 精神作用物質(お酒や触法薬剤など)による抑うつがある場合
  • 中等症以上のうつ病エピソードの診断基準を満たさず、以下の診断が主診断、主病態となる場合
    :成人の人格および行動の障害 ・広汎性発達障害(自閉スペクトラム症) ・多動性障害(注意欠如・多動性障害)

5. rTMS療法の治療効果と注意点

①rTMS療法は、多くの患者様で、おおむね抗うつ薬によるものと同様の効果が期待されます。

アメリカでは抗うつ薬が効かない患者の3割~4割に改善効果が認められていますが、特効的な効果を断言することはできません。

②他のうつ病に対する様々な治療法と同様に、短期間で回復する方がいる一方、回復に長期間を要する方、あいにく効果がみられない方もいらっしゃいます。

③15回目の治療が終了する3週目頃に治療効果の見通しを判断します。

④回復したにもかかわらず、時間を経て症状が再燃することもあります。

6. rTMS療法の安全性と副作用

① 安全性の確保と適正使用基準

安全性・倫理面・経済面に配慮し、保険適用には厳密な基準が設けられています。

当院では、これらの基準に従い、うつ症状の重症度や安全性を評価し、精神科専門医、看護師、作業療法士、精神保健福祉士がチームを組んで治療計画を立てています。

治療中は、定期的な症状のモニタリングと患者さんへの十分な説明を行い、安全性を確保しています。

② 副作用とリスク

rTMS療法は、うつ病治療の中で最も安全性の高い方法の一つですが、時に副作用がみられることがあります。

主な副作用として、下記の症状が報告されています。

  • 頭皮痛や刺激痛(約30%)
  • 顔面の不快感(約30%)
  • 頸部痛や肩こり(約10%)
  • 頭痛(約10%未満)

これらの症状は、刺激の強度の調整や、治療の進行に伴う患者さんの適応(慣れ)により、軽減されることがあります。

また、けいれん発作の発生率は非常に低く(0.1%未満)、実際の日本の治療ケースでは、けいれん重積やてんかんの発症報告例はありません。

その他の稀な副作用として、聴力低下や耳鳴り(耳栓を装着して予防)、眩暈、急性の精神症状の変化(躁転など1%弱。これにより診断が変わる可能性があります)が報告されています。

適宜症状を観察しながら治療を行っていきますので、安心して治療を受けることができます。

6. rTMS療法の治療の流れ

外来診察にて、rTMS療法の適正使用基準と安全基準に適合していることを確認します。

体内に金属類が埋め込まれている場合は治療が行えない場合もあります。

原則、6週間前後の入院による治療を行いますが、2024年7月より外来通院での治療も可能となりますので、ご相談ください。

治療中は、定期的に心理検査(うつ病の評価)を行い、治療効果を評価していきます。

7. 当院におけるrTMS療法

① 当院のrTMS療法の特徴と医療スタッフ

当院では、日本精神神経学会(JSPN)が策定したガイドラインを遵守の上、rTMS療法を実施しています。

また、保険適用により、rTMS療法を導入しています。

所定の講習(学会実施者研修・企業実技講習・オンサイトトレーニング・認知行動療法研修など)を受講した、精神科専門医・看護師・作業療法士が、多職種チームを形成し、専門的かつ倫理的な審査を行っています。

患者さんとご家族に対しては、十分な説明を行い、同意を得たうえで治療を開始しますのでご安心ください。

もちろん、治療途中での中断も可能です。

8. rTMS医療を受けるための手順

①治療を受けるための手順

(1)当院で受診を受けられている患者様

医師や職員に相談ください。

(2)他病院・クリニックで診察を受けられている患者様

まずはかかりつけの医師に相談してください。

承諾が得られたら診療情報提供書を作成してもらい、当院の外来予約をしてください(TEL:0956-47-2332 rTMS担当)。

当院で外来受診をしていただき、保険適用となるかの判断を行います。

治療が終了したら、元のかかりつけの病院やクリニックに戻っていただきます。

②治療費用(高額療養費)

当院でのrTMS療法は保険適用がされるため、高額医療費制度の申請が可能です。

高額療養費制度とは、ひと月(月の始めから終わりまで)に保険医療機関や保険薬局の窓口で支払った額(入院時の食事代や差額ベッド代は含まない)が上限額を超えた場合に、超えた分の金額が支給される制度です。

入院および通院時にかかった医療費が対象となります。負担上限額は、年齢や収入によって異なります。詳細は事務窓口にご相談ください。

9. まとめ

rTMS療法の将来性と課題

厚生労働省の調査によると、うつ病の再発率は高く、特に大企業においては、症状が軽快し職場に復帰しても1年後にはおよそ3割、そして5年後にはおよそ5割の人が、うつ病を再発し再び休職という状況になっていることが報告されています。

こうした状況の中で、rTMS療法はこのような再発を防ぐ可能性がある新しい治療法として注目されています。

しかし全ての患者様に治療効果が長く続くとは限りません。うつ病が回復しても経過を見守ることが大切なのです。

佐世保北病院からのメッセージ

「薬を飲んでもなかなか効かなくてよくならない」「再発を繰り返して苦しい」といったお悩みに直面されている患者様は数多くいらっしゃいます。

従来のうつ病の治療法である薬物療法や認知行動療法に加え、rTMS療法が患者様にとって治療の選択肢の一つになればと思います。

うつ病はこころの病気と呼ばれますが、決してこころが弱いから発病するわけではありません。

また、こころの持ちようだけで完全に予防できるわけでもありません。

日常生活でのストレスやさまざまな問題が、うつ病のリスクを増加させる要因となり、これらの要因が重なった時、心の健康に影響を及ぼすのです。

私たちは患者様が抱える個々の状況に寄り添いながら、適切なサポートと医療を提供し、こころの健康増進に寄与することを目標にしています。

地域に貢献する精神科病院として、私たちは患者様一人ひとりの状況に応じたサポートを重視しています。

患者様が安心して治療を受けられるよう、rTMS療法のような新しい治療方法の導入も含め、私たちはこれからも努力を重ねていきます。